見通しの不確かさ

ロンドンで夜中だけコッソリと活動するドリームポップな女性アーティストの不確かな楽曲。けっこうなオバサンかもしんないし。不確かだけあってミョーに暗いし、ばらつきも大きい。日本の戦力や武力と同じで。なくていいんじゃねェ、と思ってみたり。日本の戦力や武力はなくていいぞ。不確かなケリーさん。夏にリリースする作品らしいんだけど。きょーび。もちろんCDでのリリースなんて最早ない。売りが限定のビニール盤オンリー。不思議なもんですね。 https://soundcloud.com/kellyleeowens/ Kelly Lee Owens – Uncertain

暇つぶし

暇でやることがないですね、 つーか。 やることがないので暇なのか。 だけど。 暇なひとの暇つぶしに つきあってあげるタイプのは余程 寛容なんだろうな。 Killing Time This place was never my home, I was one of the statues. The grey was filling senses, killing time, waiting for time’s turn. We’re never growing old, we are collecting lines. We’re never growing old, we are making moments. We’re never growing old, we are losing…

エールフランスに乗るユミゾウマ

Yumi Zouma – It Feels Good To Be Around You (feat. Air France) Yumi Zouma – It Feels Good To Be Around You (feat. Air France) ソフトシンセなソフトディスコ路線の みんなが大好きドリームポップ、ゆみ。 3年前に解散したAir Franceが残した 最後の曲をYumi Zoumaと共に再びレコーディング。 2014年の春をにぎわせた1曲。 https://www.facebook.com/YumiZouma

サンチアゴで襲名披露

ふぅーっ、暑くてたまりません。 本日は襲名披露ってことで。 たんに引き継ぐだけのことなのに 襲ってしまうことになるのが名前。 今後このさき「ルー大柴」が再び でてくるんだろうか、と思ってみたり ・・・することはぜんぜんなくて。 MARÍA MAGDALENA – GAROTINHA MARÍA MAGDALENA – GAROTINHA このチリの女性ボーカル。名前が本名か どうかはともかく。最後の晩餐に出席 している「マグダラのマリア」なのだ。 日本で宗教関係者と名前が同じだと ぜったい活動しづらいよね。ある意味で この「マグダラのマリア」ってスゴイな。 快楽に溺れて堕ちた娼婦ってモチーフ なんだろか。だとしたらちょっと間違って るような気もするし。レオタード姿って のがそもそも胡散臭いでんな。 MARÍA MAGDALENA マグダラのマリア http://mariamagdalenamusic.com/

Adore, 1996

創作し易くなった分だけ。 ぜんぶ一人ででき易くなった分だけ。 みんなに発表し易くなった分だけ。 配信やら販売し易くなった分だけ。 ○○○になったようだ。 Adore, 1996 – went home about it Adore, 1996 – went home about it Adore, 1996 https://www.facebook.com/adore1996

仁和坊主とミュージックアライアンスパクト

小さい頃の「だるまさんがころんだ」って 「坊さんが屁をこいた」だったし。百人一首の 坊主めくりなんてのもあったなあ。 今月のミュージックアライアンスパクトから カナダ・トロントの坊主、仁和坊主さん。 ガイジン坊主ってあんまし馴染みがないでしょ。 こっちの坊主には髪の毛毛があるし。 Nina Bowz – Bone Nina Bowz – Bone 仁和坊主 https://soundcloud.com/ninabowz ミュージックアライアンスパクト http://thepopcop.co.uk/2015/05/music-alliance-pact-may-2015/

シーライオン

Sea Lion – Sanna’s Song Sea Lion – Sanna’s Song Sea Lion https://www.facebook.com/sealionlinn 前にも云ったように、幾度快よいリズムをくりかえしても、如何に柔かな感じや、快よい気分をそゝろうとしても、既に覚醒きっている心の人には、何らの新しいものとなっては響かない。たゞ単的に古い文化を破壊し、来るべき新文化の曙光を暗示するもののみが、最も新鮮なる詩となって感ぜられる。